2017年6月21日 (水)

漫画道

昔買ったCDは思い入れが強いほどぶっ壊れてる

OKコンピューターがぐだぐだで、でも買い直すのもな
と思ってたけど今20周年だかで未収録曲入れて売ってるぽい
買おうかな
髪の毛がびょんびょん伸びてうざったい
けどけっこう気に入ってて切りたくはない
もしもこのまま終わってしまうなら
私たちは
まるで
幽霊ではありませんか
なぜバカ真面目に人の言うことなんぞを聞き入れて
大切な物も見極められずに捨てっちまったんだろう
本当に大切ならまた巡り会うって?
それ、ほんとかい?
あの私が苦しみ喘いでグシャグシャにした、いとしいいとしいああたからもの
ほんとにまた出会えるかい?
いやそれはむりだろうね
それはもうあんたには必要なくなったのさ、ってか
お気楽オポチュニズム
雨ふって
アイスコーヒー淹れたら
今日も頭がゆんゆんして
呼吸は死にかけの犬みたいだし
脚とか腹とか背中とかにエンジンが内蔵されてるみたい
震えてるんじゃないよ、エンジンが振動してんの
あんまり飛び出しそうなハートで、でも雨がじゃんじゃんだから
ウェザーリポートきいて、温泉でこけて頭いてーっつって
ヤドクガエル降ってきたらいい、センセーション
真っ赤とか真っ黄とか真っ青とかミドリ!とか
古本屋いきたい
タイコ叩きたい
私が割れんばかりの大声を宇宙空間にまき散らすと
その音はどんな風に振動するんですか?しないんですか?
何かにぶつかって、私のところに返ってきてくれるんですか?くれないんですか?
生物は信じられない進化をして、今日のその姿に至ったと言いますが
どうして生き物の身体には前と後ろがあるんですか?
どうして目の向くその先を前と呼んで、
どうして後ろには目がないのですか?
どうして私たちにはいつも死角があり続けるんですか?
それはねそれはね
それはね、宇宙は全部でひとつだからなんだよ
オオカミに自ら食われてアッサジは精霊となったのだよ
お前の肉体はお前の精神のいうこともきかず
不都合で不条理に思われる道を辿るだろうが
それでいいのだよ、これでいいのだ
宇宙は全部でひとつなのだから
だけど
私は今まで幽霊なんかじゃなかったし、
まだ幽霊にはなりたくない
やるべきことはあるはずだ
それは一体なんだろうか
私には何ができる
タイコ叩きたい
カロン、よろしくたのむよカロン
天国でも地獄でも
向こう岸へ渡してください
なー、めんどうくさいとか興味がないとか
そんな情けないことを言うなよ
とても恐ろしくて身動きが取れないと
せめてそう素直におっしゃいなさいよ
その勇気を持ってくれよ
君に言ってるんじゃない君じゃない
君以外のみんなだよ

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2017年3月26日 (日)

すもー

今日テレビで相撲みた

稀勢の里、すごかった
かっっっっこよかった…!!
こっそりちょっと泣いた
私も大阪城ホールで起立して国歌うたいたかった
誰が、どんなに多くの人が、
もう無理だろうって言っても
自分だけは諦めたくない
それでもダメな時もあるけど
それでもやっぱり諦めたくない
自分を信じられる人でありたい
稀勢の里かっこよかったなあ!!
まるで少年漫画のヒーローみたいだった!
ヒーローだった!
優勝が決まっても、目の奥をきらりと光らせるだけで
表情をひとつも変えないで
その荘厳な佇まい
武士だったなあ
私もあんな人間になりたい

あんなに素晴らしいものが見られて
今日は本当にいい日だった
おめでとう稀勢の里!
ありがとう稀勢の里!!


さわやかね!
感動の余韻を呼び起こしながら
でも夜
BGMは昔友達がくれたAlex Under
はやく元気になって楽しく遊んだり、なんなり、したい
でも今日はもういいか
明日も気持ちだけは元気でいつづけよう
おやすみなさい

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2017年3月 1日 (水)

タイトルなどはない

毎日、とんでもないことが起こり続けている

自分が想像した、人生というもの人間というもの
将来というもの、私というもの
そういうものが良い方向に裏切られて
つまり視野が広がって
日々が開けてゆく、という経験は
今までも何度もしてきた
でも今のそれはなんだか様子が違う
まったく違う

そして思うのだ
言葉というのはつくづく不完全だと


私はこうしてブログを書いている
言葉が大好き、日本語が大好き
子供の頃から、知らない言葉を学ぶのが好きだった
だから私は、たぶん同世代の他の人より
少しだけ、言葉を知っている方だと思う
巧みでより的確な言葉を使おうとするのが癖になっていた
その方が自分が気持ちいいから
表現できたという喜びを感じられたから
そんなことは自覚できていなかったけどね
なんでこんな言葉もしらねーの?バカかよって
内心ひとを見下す事で、伝わらない悲しさをごまかしていた


言葉が好きなのはぜんぜん悪いことじゃない
言葉というのは魅力的な側面をもった文化だと今でも思う
でも、やはり
言葉というのは伝達手段なんだ
しかも苦肉の策の
伝わらないのなら、なんの意味もない
そこにトゲをもつ言葉ならば、痛みだけを相手に残すかもしれない
私はどんな言葉もすべては伝わらないのは覚悟の上で
温かい、良い言葉だけを使うようになりたいし、なる
コレクションたちはもう、時々眺めるだけで充分だ


今、ここで伝えたいことはある
でも伝える術がない
言葉では伝えられないことが
思っていたよりも膨大にある
という実感に日々包まれている
だから私はもうあまりブログを書けないかもしれない
わからない、逆かもしれない
今はまだ、なんにもわからない
私はよいことを信じるし、よいことの為に努める
どうか、世界中がそうであってほしい
世界中がそうなることを信じたい


今までとは次元の違う試練が今、はじまった
次元は違えど、結局私は人間なのだから
つまり戦うべきは自分自身であることに変わりなく
より高次元の精神の鍛錬をすることになる
無理せず、なるはやで
私はNeXT私になる予定、所存


いい音楽きいて、おいしいもの食べて
風通しのよい場所で
ぼろぼろで味の出てきた、自分の身体を
よく観察し、いっそう大切に
そして、
恐れることなく、進む



Pepe Californiaを流しながら
最近は平沢進とフランスギャルをよくききます

またね〜

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2017年1月19日 (木)

濃密を頼みます

「あっ!そうだ!思い出した」

が時折バキンバキンと起こったり
それでも普段は「なぜなのか、なぜなのか」
と神経をこわばらせたり
そんな3年だか4年だかがございました
実に長い苦しみの時間であったと思います
よく違法薬物のことを「前借り」と比喩することがあると思います
とんでもないパワーが出たり、気の遠くなる快楽を得たり
それはあくまでも「前借り」なんだよ、と
いつかその分のツケは払わなくちゃいけないんだよ、
どう足掻いたって踏み倒せないんだよ、と
違法薬物に関しては存じませんが、
私の身体の中の医療用薬物も、結局同じことを起こしやがっていたのだと思います
私はツケの支払いに追われヒーヒー言いながら
(それも得たものは記憶にすら残っていないというのに)
この3年だか4年だかを過ごして参りました
その異常事態の間も、他人という人間は情け容赦のない、
なんというか、看守みたいな、裁判官みたいな、
そんな厳格で強く、揺るぎなく抜け目ない存在なのだとつくづく思いました
人間というのは何者でも、とても臆病な生き物なのだと思います
年が明けて早々、私はひとつの勝負に出てみました。
私は勝負が好きです
勝ち負けではなく、勝負に出ること、それ自体が好きです。
勝負に出るマインドを作り上げて、保ち続ける
そんな風に生きて参りましたが
それを根本からごっそりと失い、資格をも失い、事理の弁識を失い、
「なぜなのか」地獄の底を這い回っていたのですが
去年の暮れに、一番シンプルな気持ち
ああ私はとても勝負をしたい、という気持ちを思い出したのです
勝負の時が近づくと
私の体じゅうの血液はボコボコと沸き立ち
心臓はどっどっと力強く低音を打ち
足も肩もぶるぶるぶるぶる震え
すっかり冷え性になってしまったはずの身体は大変ホットで
代謝がよくなったかのように感じました
意図せず笑みがこみ上げて
油断すると大声を出してしまいそう、ダメだよ、そんなのって
静かに静かにってやってるとおかしくてたまんない
とても愉快なことだ、勝負に出るというのは
結果的には負けました
しかし私は何かを勝ち取って帰ったのです
その何かとは、なんなのか
それはなかなか言葉では言い表せない
なかなか言葉では言い表せない、というそれこそが戦果なのです!
私はこの約4年、時計仕掛けのオレンジみたいに再教育を受けて
品行方正、正しい知識とその活用、人間社会の成り立ちと自身の役割、
女性性の健全な有効活用方法、他者への思いやりと自己同一性の正しい折り合いのつけ方、
などなど
ああもう頭が気持ち悪くなるから思い出したくない
そんなことをいちからやり直すハメになっていたのです
今度こそ、たったひとつのホコロビもないようにと
それはそれはスパルタで非人道的なものでしたあ
が、
その教育方針には大変な欠陥があったのです
それは、目に見えるものと人間の発する言葉という呪文
そのふたつに全神経を集中させてしまう
という大変な欠陥でした
私は「自分を追い込みながら試したい」という欲望のままに勝負に出、
中味がスッカリからっぽになるまでやり切って、そしてコテンパンにやられて
なんともサワヤカにじんじんと心地よく
その心地よいまどろみから覚めた時にはもう
もう、私は蘇っていたのです
第六感というと何かオカルティックでしょうが
しかし第六感を持って人は強かに生きていくのです
その感性の極端に鈍い者は、遅かれ早かれ淘汰されるのです
第六感、オカルトアレルギーの方に配慮し、ここは経験則と言い換えましょう
経験則による判断は、時として言葉では言い表せないものと思います
こっちの方が近道だけど、あっちの道から行きたい気がする、みたいな
要するに、理屈じゃね〜んだよっていうやつです
長い長い幽体離脱
バラバラに動く、頭、神経、衝動、理想、私が認識する私
さあ皆の者、集会だ
どこまでもゆける♡

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2017年1月 1日 (日)

トシノーゼ

年末なので

ブログ書く
せっかく生きて来たから、ちょっとは器用になってみよう
せっかくだもんね!
今年一年
今年一年、って考えてみて
ああ一年って単位で生きてないんだなあとぼーっと思った
だぶだぶとした時間を、年単位なんてもんじゃなくって
私の感覚で区切りたい時に区切ってる
それって私が思春期のころに目指した、夢見た
ほとんど架空のように思われた、大人なんじゃないか
だとすれば私は、
だとすれば私は
とても幸福なんだと思う
私は私の価値観において
限りなく自由で、限りなくラッキィで、
限りなく幸福な人間だと思う
どうもありがと!
私はラッキーな天才だわ、やっぱ!
ははははっは!
明日からもよろしくね

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2016年11月 8日 (火)

ツウ好み映画祭へ行ってきた!

最近、体調も落ち着いてる期に入り

やりたいことや行きたいところがたくさんあってうずうずしてたんです

様子見、なんて言わずに行ける時に行ってまえ!

ということで


アルタミラピクチャーズ23周年イベント

「ツウ好み映画祭」に行って参りました


2日に「タカダワタル的/タカダワタル的ゼロ」を鑑賞
いきなり泣きそうになってしまった
下北沢とか、吉祥寺とか
なんでか懐かしくて、ちょっと前までこんなとこにいたような気がして
実は初めてきいたんだけど、高田渡
ずっと知ってたし、ずっと好きだったような気持ちになった
外は寒いんだけど、ここだけあったかい音楽会


帰ってから、高田渡さんの「値上げ」が使われている、
赤城乳業のガリガリ君値上げCMを観て
またなんか泣いた
なんだろうね〜
人間がもの凄く怖くなってしまう日もたくさんあるんだけど
情熱の詰まった音楽とか映画とかCMとかに触れると
もうちょい性善説でやっていこうと思う
もっと人を信じていいんだって思い出す



そして5日
矢口史靖監督の「怪猫伝説/逢いたくて逢いたくて」を観て来た
予告はなかったけど、「ロボジー」のDVD特典に入っているという
矢口監督の初アニメ作品「アニメカ」も観せてくれた!
短編を3作品、各作品の合間合間に矢口監督が登壇してお話してました
トークも相変わらずの矢口監督節で
随分ご無沙汰していたんだけど、「あ、矢口監督。ウフフ」と
他人行儀キブンも氷が溶けるように勝手に和らぎ、ホカホカしました


来年公開予定の新作「サバイバルファミリー」のお話も聞かせてもらえた上に
メイキングも観れました!
映画を作っている方の、あの凄まじい情熱とバイタリティに
身の引き締まる思いでした


上映作品は、これぞ矢口監督!な笑いがあったり、予想外に泣かされたり、
監督の描くキャラクターはみんなとてもキュートで愛おしい人ばかりでした
じんわりあったまる優しさがあって
肩の力が抜けたような気がします
それに、とてもとても勉強になりました
「逢いたくて逢いたくて」はもう一度観たくて昨日レンタルしてきた!
(「歌謡曲だよ、人生は」というオムニバス映画の一篇です)



観終わって、エントランスに出ると
おお!!
お世話になったプロデューサーの方が!
10年以上ぶりですか
嬉しくて嬉しくて!そこからいっぱい喋って!監督ともたくさん喋って
ああ嬉しくて嬉しくて
興奮しちゃってうまく喋れたかわからないけど
高校生に戻ったみたいな感じになってしまった 笑


写真を一緒に撮って下さったのであげときますね〜
ちなみに撮ってくださったのはまたまた過去お世話になったスチールカメラマンの方です
オールスター感ありますね
全然足りないですけどね
Img_4291_2

アルタミラピクチャーズ23周年!
ツウ好み映画祭
テアトル新宿にて、今月11日までまだまだやってるそうです!
お近くの方は是非行ってみて下さい
ホットというかウォームな冬がやってきます

最後に
アルタミラピクチャーズ23周年おめでとうございます!

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2016年9月28日 (水)

黄金虫〜はマジギレだ〜

ジョジョ4部、実写化

って、本気なのか

ふざけんなよっていかって
なんでなの…って物悲しくなって
どうして、「こんな映画やるよー」って本来わくわくするような話題で
こんなにもイヤな気持ちになるんだか
って考えて
うーん、何が悪いっていうのかなって考えたら
非力な主人公の前にはとても抗うことの出来ない大きな世界があってね

もう、やんなっちゃうよ
って項垂れるんだけど
たぶん、どげんかせんといかん
とか言って立ち上がるんだ、ヒーローだったらばね


私、ジョジョの奇妙な冒険、殊に第4部が大好きなんだ
ハイウェイスターを聞きながらバイクで疾走するシーンを読んだり
最後の敵は殺人魔だけど、その静かな佇まいを思うと
キラークイーンの悲哀のあるカウントが聞こえてきたり
少年が屋根裏部屋でネコと輝く鉢植えに出会えば
サボテンとバントラインが頭の中で響き渡って
物語の歯車が回り出すワクワクに、鳥肌が立つ


漫画でも映画でも、誰かが作った物語は、それがすべてだと思うし
隙間や余地は、消費者が自由に見つけて、好きなように埋めて楽しんでいいと思う
楽しみたい
面白い物語っていうのは不思議だな、と思うのは
なんにも考えないで読んだり観たりしても、すごく面白い
でも観る人間が、それぞれまったく勝手気儘で個人的な思いをどんな風に重ねていっても
ピタリとはまるものがある
その思いはみんな違う
だから、完成したものはそのままに、
その先の楽しみは、観る人の自由に委ねてほしいし
そうやってそれぞれが、たったひとりの心の内でウフフって気持ちを楽しむのって
素敵な文化だな〜と、私などは思うんです


さて、非力な凡百の者は、結局コツコツやる意外にないですからね
コツコツ参りましょう
面白い映画のない未来なんて嫌だもん

ションボリ残念で、神経が嫌悪に汚れてる
無性にたまをききたい

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2016年8月 9日 (火)

かんそうかくよ(回文)

本と映画の日々

左半身をほとんど使えないので、半強制的にひきこもり
だけど、何の為に私は今まで根暗ちゃんやってきたんだよ、
こんな時は、やっぱり本と映画しかない!
(いずれアウトプットも出来るようになりゃあ、怖いもんも不自由もないも同然)


バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)
なんということ!
ブラボーとしか言えない
しかしこの映画は、役者と役者だった人間にはさらに特別の映画なんじゃないかと思う
三流だろうが五流だろうが、なんだろうが、
役者って天晴な生き方だとつくづく思う

終わってなお、あとからあとからジンジンと血流が沸き立つ映画だった
私はこの登場人物を全員知っている、誰も彼も、みんな私だ
そう思わせるのが優れた映画なんだと改めて思った

あああん
映画って素晴らしい
なんてエネルギッシュで愛情深いの


未だ興奮醒めやらぬなか、まとまりもしないのに、
こうしてブログをアップせんとするのは
映画の中での、主人公の娘の
「世間はあなたのことなんて誰も知らないのよ!批判ばっかしてブログもTwitterもFacebookもやらないで、流れは速いのよ、誰もあなたのことなんか覚えちゃいない!」
っていうような台詞がボディに効きまくったから

オーウ…!!おっしゃるとおりデース
と思って
何はともあれ、発信はしよう…と


さておき
もう何遍か観ようと思う
映画は最高
サンキュー映画!ラブユーソーマッチ!
更新もがんばるよ!
あなたにもサンキューそしてラヴユー!
またね


追伸
改行見やすくなったはず!

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2016年4月24日 (日)

adventure of スカイブルー

やっぱりもう一度書くしかないと思い



1月の24日に書いた「きんきょ」とかいうタイトルの記事の続き

私は今まで10年近く、かなり明け透けな表現でブログを書いてきたと思う
でも大人になったり、正気に戻ったりしてくるうちに
今まで見落としてきたことに気づいたり、自分の思い違いを知ったりして
はたと気づくと、そのままを書くということが出来なくなってしまった
それは悪いことじゃーないんだけど
今ままでの自分の書き方から突然の断絶のようなやり方、
それはなんだか卑怯なことのような気がして
やっぱり今日、今までの自分の歪なやり方に終止符を打つつもりで
伝わる言葉で伝えたいと思う


私には後遺症がある
過剰な薬物療法からの急な離脱で、神経を悪くしている
具体的には、私は左半身の神経が悪いようで
背中、肩、腕の疼痛に加え、無意識で不自然な捩じれ、反り、硬直、痙攣
反射区の関係か、呼吸筋にも硬直、痙攣が起きる
「遅発性ジストニア」という症状名で、
自分であれこれ調べてみて、見通しは絶望的なものなのだと知った

件の記事で、人に相談することが出来ない為に苦しんだ、と書いたけれど
あれから私は家族はじめ周囲の人に、自分のことをちゃんと伝える、ということを
意識して努めた
始めこそ、その不慣れな行為に、いやだ、うまくいかない、人に話すのは苦痛だ、と
感じたものだけど、有り難いことに周囲の人たちは私を受け入れてくれ、
ゆっくりと寄り添い、向き合って、理解してくれて
今は本当によかったと思っている
安心している
自分一人で収集した不確かな情報だけを鵜呑みにするのは不安が残る、と
病院に行くことになったのも、周囲の人の薦めがあったから
人と寄り添って生きていこうとすると、ことが良い方へ
一人でいる時とは比べ物にならないスピードで前へ進んでいく
30年、そこそこの時間を生きてきたのに
私はこんな単純なことを、やっと実感することが出来た
病院へは先月行った
一緒に行きたいと言ってくれた母と小田急線に揺られて登戸
ジストニアを見ている病院は少なく、ちょっと遠くまで
薬物による症状に一体どんな治療が出来るんだろうか、
もしもまた更に薬物療法を、なんて言われたら、よく考えてから決めなきゃ
とか、そんなことを考えたり、話したりして
到着
あ、この人はお医者さんというよりも研究者って感じだな、というような先生が
私の左半身を診て、持参した薬歴を見て
「大丈夫ですよ、次第に良くなりますから」
と言った
私は拍子抜けしてしまって、その言葉をどう受け取ったものか、
混乱した

あれから一ヶ月強、今私はこの記事を書いて
やっとその言葉を、額面通り、その言葉のまま、受け入れたんだなと思う
まだ駄目な日やっぱり辛い
特に気圧の安定していなかった時期は本当にしんどかった
それでも誤摩化しごまかしやっている
仕事も少しずつだけど出来るようになった
今が自分の望んだ100%だとは勿論言えないし、
自分の望んだ通りに生きられる場所にいる、とも言えない
だけど、それに腐ることもないし、野心を見捨てたりもしない
私は自分の未来を、可能性を信じている

昨晩、真っ青な何もない空を、友達と手を繋いで飛ぶ夢をみた
とても気持ちよくて清々しい気分だった


最後まで読んでくれて、本当にどうもありがとう

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この気持ちをなんと、

こんにちは

今、かなりしっかりしたものを書き上げて
さて推敲してアップしようかというところだったんですが
パソコンが落ちました……………………………………………………
こんなこともあろうかとテキストに保存しといたんですけど
それもなんでか無いんですね。なんででしょうね。
こんな報告は無意味かと思いましたが
ちょっと気分がモンヤリしてしまいまして、大変悲しいので
無意味ながらご報告まで…
ちょっと今日また似たような記事を書いても、こんなんじゃないのに!って
なってしまいそうですので
いや、後日、また書きます。
大事なことを伝える気はあるのだと、、
それだけは伝えたい
では、、、また、是非に
あああああ

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